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まっさらな心を 傷つけないように 約束をしよう

正義と悪
私は、正義も悪も使わないよ派。



それらは全て、個人の主観で決まってしまうものです。

数学でこういうのがあります。
多様体で、局所座標によって変わってしまう値は多様体の性質とみなさない。
これと同じです。
それぞれの人間によって変わってしまうものしか作れない。
だから、正義も悪も強いて定義することはない。

私は、正義や悪といった単語を、思考を麻痺させる言葉であると考えています。
「正義の名の下に悪を断罪する」
などといった極端な使い方があるように。

~を悪だと断定する言葉は、だから俺が正しいんだ! というあまり根拠のない考えを、
自分自身に、無意識に与えてしまうように感じます。
正義もまた、しかり。

だから、私はあまり使いたくない単語です。
……ゲームの中? ならよし。

Comment

 秘密にする

おひさです。
率直な感想を書かせてください。

※俺の文章への理解が間違っていたとしたら、
かなり失礼なことも書いているかと思います。
点線氏を意味も無く貶める意図は、
決してないことをご理解いただきたく思います。

点線氏が、正義も悪も使わない派
というのは理解しました。
でも、正義も悪も定義することができないとしながら、
言葉の定義しないで、思考を麻痺させる言葉と
断定するところが俺には良く分かりません。

数学的な多様性といのも理解できます。
物理学で不確定性原理があるように、
一つの真理に到達できないケースが、
この世に存在することも分かります。

ですが、おそらく点線氏が主張してるのは、
プロタゴラスの「相対主義」にかなり近いものがあります。
で、俺は、この相対主義こそが
思考停止に他ならないものと考えています。
なぜなら、「考え方なんて人それぞれさ。
だからそれぞれの正義なんて戦わせないで
みんな好きなように生きようぜ!」
こんな社会で一体、何が発展するというのでしょう?

世の中には「弁証法」という手法があります。
イェーナ大学のヘーゲルが提唱した手法で、
世の中の真理に少しずつでも
近づけていく、という手法です。
つまり、対立する考え方(正義)をぶつけあわせ、
闘争させることで、ものごとを発展させていくやり方。

例えば、ある人が、ある物質を見て、
「あそこに丸いものがある」と
言ったとします。その人から見れば、
「丸いもののが見える」という事実があるわけで、
それはその人にとっての正義と信じたい。
しかし、別の人が「え?なに言ってるの四角だよ」と
反論してきたとします。
「丸い」と言った人は丸いと主張するだろうし、
「四角い」といった人は四角と主張します。
互いの正義がぶつかり合っている状態です。

で、こんな時、相対主義者は
「まぁまぁ、そんなこと人それぞれでいいじゃないですか」
と、思考停止して終了する。アホな考え方です。
なんせなんの解決にもなってないですからね。
この世で最も愚かな行為の一つだと、俺は考えます。

じゃあ、俺が考えるベターな手段としては、
この2つの正義の対立を恐れず、
思う存分議論することです。
その結果、新しい正義が見えてきたりする。
例えば、上のケースではその物質が
「円柱」であったりするかもしれません。
円柱であれば、見る角度によっては
円にも見えるし、四角にも見える。
こうやって、新たな正義にたどりつくケースは
理系の世界ではたぶんにあります。
むしろ、この意見の対立を恐れている人は
研究者には絶対に向いてないと思います。

もし、点線が研究者の道を歩もうと
真剣に考えているのならば、
自分自身の正義を周囲に表明することと、
他人にその正義を否定されることを
決して恐れないで生きていただきたい。

対立した結果、自分の正義が
間違ってたって良いじゃないですか。
間違いに気付いたってことは
点線は新たな正義を身につける
絶好のチャンスを得たということですから。

かなり説教じみたコメントになりましたが、
俺は点線氏を、弟のように大事に思ってます。
弟が道を誤りかねない主張をしていところを、
兄としてだまって見過ごすのはどうかと思い、
コメントさせていただいた次第です。
同意しろとは言いませんが、
俺の意見が点線氏の参考になれば幸いです。

最後に、ちょっと厳しいことも書いちゃってごめんね。
公開され続けるのがいやだったら、
ブログ管理者権限で削除してもらっても構いません。
また麻雀、カラオケ、野球に行こうぜ!今後ともよろしく!
オロロンシャオロン | URL | 2012/09/19/Wed 10:11[EDIT]
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